五街道ウォークに関して、多くの方々から沢山のご質問を頂きます。 その中で一番多い質問のひとつは「五街道を歩いてみたいが、いずれの街道から取り組んだらよいでしょうか?」と言うものです。 失敗しない街道選び、大いに考えてみましょう、参考になれば幸いです。
五街道ウォークの手始めはズバリ日光道中二十一次をお薦めします。 日光街道には厳しい山道や峠道がありません、おおむねフラットであり緩やかな勾配があるくらいです。 五街道ウォークデビューにはベストなコース選択と言えます。 そして街道沿いには鉄道がたえず平行して走っていますので、アクセスに問題がありません。 この街道は一年を通してウォーク可能です、四季折々の経験が出来ます。 日本橋を旅立ちますと、しばらくは都会のウォークです、食事やトイレに困ることはありません。 旅の後半、荘厳な日光杉並木道に入りますと俄然ドラマティックな醍醐味が味わえます。
そして日光街道の終点は「神橋」です、今日この神橋はお色直しが行われ、素晴らしい終点を演出してくれます。 将軍専用の「神橋」に無事、到着しましたら東照宮に祀られている、家康さんに「これから五街道を歩きますので、ヨロシク!」と挨拶しておきましょう。 この日光道中ウォークにて街道歩きの楽しみやコツが得られ、脚力が養われ、自己のペースが培われることでしょう。
日光道中を踏破しましたら、次は奥州道中十次をお薦めします。 これには二つの理由があります。
奥州街道の起点は「宇都宮宿」です、この宇都宮宿はすでに日光街道ウォークで通過済です。 この宇都宮宿から奥州街道は分岐します、ご自身の街道歩きに枝(ネットワーク)が追加された事になります、楽しいですね。 理由そのニ、奥州街道は青森の三厩宿にいたる長大な街道です。 しかしながら幕府の道中奉行が直接管理した道筋は白河宿迄です、宇都宮宿から2~4日の行程で踏破できます。 ネットワークの構築とニ街道踏破の達成感が短期間にて得られます。 この道筋には日光道中同様に峠道はありませんが、かなりきつい坂道が連続します。 日光街道を踏破し、奥州街道の白河宿に到着する頃には脚力も付き、街道歩きのセンスも十分身についてきます。 サア、次はいよいよ街道のアイドルである峠道デビューです。
甲州街道には「小仏峠」と「笹子峠」が横たわっています、かなり厳しい峠道です。 この厳しさが国道等の敷設を拒否したのです、往時のままの峠道を残しています、ですから街道ウォーカーにとって峠はアイドルなのです。 「何だ坂 こんな坂 何だ坂 こんな坂!!」と楽しく登ってみましょう。 甲州街道は渓谷道の為、分岐ポイントがかなり多いです、街道マップの見方を学ぶには絶好です。 厳冬期の甲州路や信州路は冷え込みます、積雪もあります、しかし通行不可ではありません、場合によっては雪中ウォークも経験してみましょう。 甲州街道は諏訪湖を眼下に見て終点の「下諏訪宿」に到着します。 ここの宿場には往時から連綿と続く温泉があります、それも入浴料金220円とリーズナブルなものです、癒しましょう。 この下諏訪宿は中山道の宿場です、いつの日か再度、この宿場を訪れるであろう思いに耽ってみましょう。
ご自身のペース、装備、行程の立て方等、全てに於いて高い水準に達しています、「まさかこんなに歩けるとは思ってもいなかった」と改めて驚くはずです、そうです気力&体力が充実し、確実に記録が伸びるのがウォーキングなのです。 五街道四本目のお薦めは東海道五十三次です、東海道は山川海をキャンバスにあまたな歴史が描きこまれたロマン街道です。 天下の険と言われる「箱根路」は別格ですが、薩埵峠、小夜の中山、鈴鹿峠は鼻歌でしょう。 サア、天下の大動脈「東海道」を何日で歩きましょうか、行程をたて、電車の時刻表を確認するのも旅の楽しみのひとつです。 京の三条大橋を渡ったあなたは立派な有段者です。
五街道の最後は中山道です、中部山岳地帯を貫くタフな街道です、国道や鉄道の敷設から取り残された街道や宿場は宝物です。 四街道で鍛えた脚力と体力、そして培った街道歩きのセンスの全て要求されるのが中山道です。 厳しい和田峠を越え、たどり着く宿場はかつて到達した甲州街道の終点「下諏訪宿」です、これで枝(ネットワーク)が又張られました。 そして草津川(天井川)のトンネルを抜け東海道との追分に到着した時の感動は涙ものです。 「五街道」を制覇したあなたは押しも押されもしない師範代です。 どうでしょうか以上が、五街道ウォークのお薦め「歩き順」です、ご参考になれば幸いです。 五街道ウォークは競技ではありません、ご自身のペースで歩き通してください、それこそ楽しく街道を歩いていれば「健康が歩いてやって来る」です。
五街道を踏破しましたら、これからが妙味であり、街道歩きに花を添えるドラマの開始です、歩き切った五街道のネットワークに次々リンクを張りましょう。
しかしながらバリエーションによっては長大な街道になる場合もあります。 とある大学の研究室から「日光例幣使の足跡」を辿りたいから、京三条大橋から日光迄の街道地図がほしいと言うものでした。 本来であれば、東海道、中山道、日光例幣使道、日光壬生道、日光道中の各街道セットを購入していただき、断片毎につないでいただくのですが、かなりの不経済をお掛けしてしまいます。 そこで通過部分のみをつなぎ、通しの街道地図を作成しました、案外面白い作業になりました。 京三条大橋 ~ 草津 東海道 草津 ~ 倉賀野 中山道 倉賀野 ~ 楡木 日光例幣使道 楡木 ~ 今市 日光壬生道 今市 ~ 日光鉢石 日光道中 これが正にリンクです、それでは楽しいリンクの旅に出掛けましょう。
脇街道リンクの旅の手始めは「日光御成道」がお薦めです。 日光社参の将軍は日光街道の本陣に宿泊するわけには参りません、そこで宿泊する岩槻城を経由する街道が整備されたのです。
日光御成道は中山道本郷追分を起点にし、岩槻宿を経由し、かつて通過した日光道中幸手宿にリンクします。 次は日光壬生道がお薦めです、日光道中のショートカット道です。 日光道中小山宿から同今市宿にリンクします。 そして日光例幣使道、中山道倉賀野宿から日光壬生道楡木宿にリンクします。 これで日光街道つながりの完成です。
厳冬期の信濃路は余りにもタフです、街道で遭難したのでは洒落になりません。
江戸方面からは中山道追分宿から善光寺街道に入ります。 京方面からは中山道洗馬宿から善光寺西街道に入ります。 いずれの街道も篠ノ井追分で合流します。 善光寺西街道には名だたる峠があり、話題に事足りません。 中山道リンクの完成です。
まずは「姫街道」です、今切れの渡し(舟旅)を避け、浜名湖北岸の山道を通行した街道です。 幕府に献上された象が悲鳴をあげた峠も横たわっています。 東海道見付宿から同御油宿にリンクする道筋です。
江戸方からは東海道日永の追分から入り、京方は東海道関宿から入ります。 両街道は津宿で合流し、伊勢神宮宇治橋にリンクします。 五街道及びリンクの旅いかがでしょうか、楽しそうでしょう。 是非々歩いてみて下さい、ハマりますよ。 最後に一言「街道は往復でワンセット」です。
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